山下智久×渋谷慶一郎「Moon Disco」から考える新世紀のJ-POP

遊

 先日リリースされた山下智久さん(以下、“山P”と呼びます)のアルバム『遊−ASOBI−』。この先端的なダンスミュージックが詰め込まれたアルバムの中でもとりわけ異彩を放つのは、あの渋谷慶一郎さんが作編曲を担当した「Moon Disco」ではないかと思います。
 この「Moon Disco」は、渋谷さん自身が「分析不可能」と語っているほど、刺激の強い音色と複雑な展開に満ちた楽曲なのですが、今回はこの通常的なJ-POPとは一線を画した楽曲から、山Pと渋谷さんが提案する新世紀のJ-POPにおける可能性の一端を読み解いていきたいと思います。

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 まず、この「Moon Disco」は、楽曲の前半と後半で、大きく雰囲気の異なるリズムが取り上げられていることが特徴的です。仮に、この前半のパートを〈エレクトロ〉、そして後半のパートを〈ダブステップ〉と呼ぶことにしましょう。
 次に、メロディについて整理すると、この楽曲は、以下のような四つのメロディから構成されていることが分かります。

 ・メロディA →《月の上で Bounce 〜♪》の箇所
 ・メロディB →《蝶のように踊ってる 〜♪》の箇所
 ・メロディC →《この星の旋律 一緒に奏でよう 〜♪》の箇所
 ・メロディD →《無重力の世界に溶けてしまいそう 〜♪》の箇所

 このように考えると、前半の〈エレクトロ〉のパートは、以下のような構成として整理することができます。

 メロディA→メロディB→メロディA’→メロディB(+メロディA’)
 
 ここでポイントとなるのは「メロディB(+メロディA’)」の箇所で、これは、山Pが歌うメロディBの背後で、その直前に山Pが歌っていたメロディA’がシンセサイザーの音色に置き換えられて重ねられていることを意味しています。
 こうした二つのメロディの重なり合いは、構成の凝ったJ-POPの楽曲でも、ときおり見かける手法ではあります。ですが、この「Moon Disco」では、こうしたメロディの重なり合いが、J-POPのお約束から遠く離れて、むしろワーグナーからマーラーに至る流れを21世紀的に変奏したかのような雰囲気すら感じられるという点に、オペラ『THE END』以降の渋谷さんが目指す音楽性の一端を垣間見ることができるのではないかと思います。

 同様に、後半の〈ダブステップ〉のパートは、以下のような構成として整理することができます。

 メロディC→メロディD(+メロディC)

 ここにおいても、「メロディD(+メロディC)」という、山Pが歌うメロディDの背後で、その直前に山Pが歌っていたメロディCがシンセサイザーの音色で重ねられるという場面が現れます。しかも、〈エレクトロ〉のパートから〈ダブステップ〉のパートへと転換し、メロディCが現れる瞬間には、一瞬だけすべてのリズムパートがミュート(消音)され、その隙に聴き手が拍節を取り違えてしまうようなトリックが巧妙に仕掛けられています。そのため、ラストの「メロディD(+メロディC)」が現れる瞬間には、予期されたタイミングと現実に鳴る音との齟齬から、不穏な裂け目が顔を覗かせ、予定調和なJ-POPではありえないほどの混沌とした高揚感が生み出されています。

 以上のことから、この「Moon Disco」における重要なポイントは、二つのメロディの重なり合いにあることが分かります。そしておそらく、こうした二つのメロディの重なり合いは、山Pと聴き手(=ファン)が無意識下で官能的に絡み合うことを意図して設計されています。分析不可能な複雑さの背後で繰り広げられる無意識下での官能的な絡み合い。この点こそが、 山Pと渋谷さんが提案する新世紀のJ-POPにおける可能性の一つであり、何よりファンに向けられたこの上ない贈り物であるようにも感じられます。

[補記]
 渋谷慶一郎さんによる「Moon Disco」から中田ヤスタカさんによる「Back to the dance floor」への転換は、かつて中森明菜さんのアルバム『UNBALANCE+BALANCE』での小室哲哉さんの楽曲から坂本龍一さんの楽曲へと転換する瞬間にも匹敵するJ-POP史上の事件の一つだと思うのですが、この渋谷慶一郎さんと中田ヤスタカさんを結びつけるある一つのコード進行があるとしたらどうでしょうか(なお、以下で取り上げるコード進行は、すべてハ長調に移調した上で分析を進めていきます)。
 まず、ここ数年の渋谷慶一郎さんの楽曲の中でとりわけ印象的なコード進行は、以下のようなものです。

 | F | Dm | Em | Am |

 このコード進行は、「サクリファイス」(2012年2月リリース)やオペラ『THE END』の「時空のアリア」(2012年12月初演)などでも用いられていて、実際にはテンションノートが加えられたり代理コードが用いられたりしながら色彩豊かな展開がなされています。
 そしてこのコード進行は、J-POPにおいて強い影響力をもつある二つのコード進行、すなわち、坂本龍一さんによる「戦メリ」と小室哲哉さんによる「Get Wild」の二つのコード進行と密接に関わりつつ、そのどちらにも属さない第三の可能性を提示したものとして捉えることもできます。
 坂本龍一さんの「戦メリ」で用いられているコード進行は以下のようなものです。

 | F | G | Em | Am |

 そして小室哲哉さんの「Get Wild」で用いられているコード進行は以下のようなものです。

 | Am | F | G | C |

 このように考えると、先の「サクリファイス」などで用いられていたコード進行は、特に鍵盤上でのベースの動きに着目したとすれば、ちょうど「戦メリ」の中に「Get Wild」を投げ入れたような進行になっていることが分かります。
 そしてこの | F | Dm | Em | Am | というコード進行は、何と中田ヤスタカさんによるあの「にんじゃりばんばん」(2013年3月リリース)のサビにおいても用いられていて、「戦メリ」と「Get Wild」のどちらにも属さない第三の地点において、渋谷さんと中田さんの二人が不意に結びつくというのは、とても興味深い出来事であるように思われます(ちなみに、山Pのアルバム『遊』に収録された中田ヤスタカさんによる「Back to the dance floor」では、このコード進行を若干変形させた | F | Dm | Am | G | という展開が現れ、個人的にはとても盛り上がる瞬間でもあります)。