TKフィルター/記憶から紡ぎ出される音たち

小室哲哉は87年のある雑誌アンケートで「人生のベスト・アルバム」として以下の5枚を挙げている。

ムソルグスキー展覧会の絵
メンデルスゾーン「バイオリン協奏曲」
ホルスト「惑星」
キース・ジャレット「フェイジング・ユー」
ELP「恐怖の頭脳改革」

この5枚のアルバムから様々な「音楽地図」を描くことが可能であると思われるが、まず今回注目したいのは、ムソルグスキーELPを結ぶラインである。というのも、ELPは、その名も『展覧会の絵』という、ムソルグスキーの楽曲をモチーフとした名盤を残しているからだ。そして小室哲哉は、ELPのキーボディストであるキース・エマーソンをリスペクトしてやまないということを様々な場所で語ってもいる。

このムソルグスキーからELPへ至るラインから連想されるのは、07年に発表されたTM NETWORKのシングル『WELCOME BACK 2』のカップリングとして収録されたあるインスト曲だ。

Welcome Back 2

Welcome Back 2

そのインスト曲のタイトルは「MEMORIES」。クレジットに「作曲:モデスト・ムソルグスキー小室哲哉」とあるように、そこでは、「展覧会の絵」に触発されつつ、しかし、ムソルグスキーとも小室哲哉ともつかない旋律が、トランスを通過したきらびやかなシンセの音色とともに清々しく奏でられている。

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小室哲哉の楽曲の魅力を語る上で重要な要素となるのは「記憶」ではないだろうか。たとえば、彼のある著作には、次のような記述が見られる。

 先日、ロンドンのクラブで聴いた曲がよくて、その系統の音を作ろうとした。そのときも、あえてCDを聴くところから始めず、自分の記憶のなかで鳴っている音をかみ砕き消化することからスタートした。これも意図的な遠回りである。
 …面白いことにCDで聴き直した音よりも、記憶の中でなっている音の方が圧倒的に魅力的なのである。
 だからこそ、自分なりの新しい音が生まれるのだろうし、誰も聴いたことがないほど新しい音になる可能性があるのだろう。(小室哲哉『告白は踊る』)

たしかに、ユーロビートの影響から「COME ON EVERYBODY」や「DIVE INTO YOUR BODY」が生み出され、ハードロックの影響からアルバム『RHYTHM RED』が生み出され、ハウスの影響からアルバム『EXPO』のいくつかの楽曲が生み出されたことを考えると、そこには「TKフィルター」とも呼ぶべき、決して一筋縄ではいかないある種の強力な変形装置が作動しているかのようにも感じられる。そしてこの「記憶を介した意図的な遠回り」こそが、彼のクリエイティビティやオリジナリティの源泉となっているのではないだろうか。

先のインスト曲「MEMORIES」も、そのタイトルが示しているように、おそらくムソルグスキーELPを聴き直すことなく、「記憶」を頼りに紡ぎ出された音なのだろう。07年にリリースされた一枚のシングルにひっそりと収録されたこの小品にこそ、小室哲哉の魅力の一つである「TKフィルター」が、わかりやすいかたちで立ち現れている。

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ブログを始めて以降、なぜか小室哲哉の話題ばかり書いているような気がする。その理由は自分でもよくわからないが、昨年末あたりに、突然、小室哲哉の楽曲の魅力を再発見したことが大きいかもしれない。とはいえ私は、小室哲哉の音楽ばかり聴いているわけではない。しかし、小室哲哉を介して様々なジャンルの音楽を捉え直してみるというのも、なかなか面白い試みではないかと思い始めている。

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[追記]
ムソルグスキー展覧会の絵」とホルスト「惑星」を結ぶラインからは、「冨田勲」の名を導き出すこともできる。とすると、「MEMORIES」は、ムソルグスキーELP冨田勲といった、小室哲哉が敬愛する音楽家たちの記憶が不意に結晶化した、思いのほか重要な作品であるといえるかもしれない。