keiichiroshibuy語録 vol.001

2011年6月2日に東京芸術大学にて渋谷慶一郎さんによる特別講義が行われました。その模様はUstで中継され、アーカイブ化もされているので、そちら(http://www.ustream.tv/recorded/15110719)を実際にご覧いただくのが一番だと思うのですが、90分近い時間の中で即興的に語られた言葉たちは、非常に魅惑的な論点が幾層にも複雑に絡み合っており、それらをぜひ文字化したいという欲求が抑えきれず、音楽に関係する部分を中心に文字に起こしてみました。今回はその第1弾となります。渋谷さんの語り口をなるべく生かすよう努めましたので、ぜひお楽しみください!

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●芸大時代の学生生活
 曲はすごく書いていましたよ。入るなりすごくたくさん書いて、学内演奏会みたいなものがあって、そこで出さない人もいるのに、僕は2曲くらい出したりとかしていたし、創作意欲の高まりを見せていたりしていたんだけど、中でやっていても仕方ないなと思ったから、大学2年くらいからスタジオミュージシャンみたいなこととかアレンジとかをやったり、学校の外でコンサートをやったりとか、そういう感じでしたね。
 学校的にはそれは全然抑圧されていて、そんなことやっていると業界で干されるよとか言われて。学校には…ナンパ…じゃないや(笑)、最低限しか来ないで…あまり来てなかったかな。僕は大学というものにそんなにコミットする方ではなくて、ある特定の業界にすごく深くコミットするということは、あまりしないようにしていたんですよ。
 大学はぎりぎり卒業できたという感じでした。だから、英語とかも落としそうになって、先生に、こんなことで落として留年なんてして僕の人生を傷つけたら僕は本当に許せないと思う、とか言って脅迫して(笑)。直接部屋に行って、こんな『ダブリン市民』なんてくだらないものを読んでいる時間は僕にはないから頼むから僕の人生のために単位だけくれって、そういう学生でしたよ(笑)。

●コンピュータ音楽との出会い
 今日、作曲科の学生っています? コンピュータって使ってる? 使ってないでしょ。コンピュータは僕のときも使ってなくて、使ってないというかなくて…カモンミュージックとかいうのがあってさ、電子音楽の授業というのを取ったら、それに連れて行かれて、これでカラオケ1曲作ると3万もらえるとか言われて、もう夢も希望もないじゃん(笑)。で、とりあえず、コンピュータを手元に置いておこうかなと思って、自分でサンプラーとか買ってやっていたけど、僕はMIDIのときは全然だめだったから、相性が悪くて。もう本当に、コンピュータって何もできないなあって感じだったね。だから、芸大でコンピュータ音楽やったという経験は全然ないですね。
 98年か99年くらいかな。ちょうどPowerBookのG3が出たころの、ちょうどオーディオがコンピュータの中で生成できるようになってから、ぐぐっとそっちに行ったような。
 たとえば、弦をガーっと弾いたときに、「ド」の音を弾いても「ド」の周りにいっぱい音があるじゃない。ノイズっていうか、ザラっという音もあるし、あと…何か不用意に出ている音もある。音楽はそのすべてが情報として伝わるわけで、MIDIとかシンセサイザーというのは当たり前だけど、最初からそれが付いていない。それがやっぱり僕は、あまり納得がいかないというか、その情報自体を作りたいという気持ちがあって、コンピュータでオーディオを作るというのは、そういうことだから。これだと、今までたとえば弦とかピアノの曲を書いていて、自分の中ではこう弾くと、譜面の中ではこれしか書いてないけど、こう微妙に重なったところにこういう響きが出てというのは、微妙にコントロールして弾くし、人とやるときもそういうふうに言ったりできるじゃない。そういう書けない部分も作れるというのが出てきたのがオーディオ以降で、それが延々と一人でできる。演奏者は性格悪いから疲れたって顔とかするじゃない、わざと(笑)。そういう疲れたという顔もされないし、電源をつけていればずっと起きていてくれるし、本当にずっとやっていたね。
 よく言っていることだけど、ピアノが発明されたとか、すごくエポックなことって音楽史上あるじゃないですか。で、シンセサイザーとかサンプラーというのは、たとえばピアノが発明されたというようなインパクトというのは僕の中ではないだろうなという感じだった。ただ、普通のパーソナルコンピュータの中でオーディオが生成できて組み立てられるというのは、たぶんピアノ以来の発明だなと思って、だからこれはちょっと賭けるに値する出来事だなと思って、しばらくもうそればかりやっていた。

●ピアノへ回帰した理由
『for maria』はすごく大きいんだけど、やっぱり…ちょっとうっすら思うのは、もしかすると10年周期くらいで変わっていくのかなっていう気もする。だから、テン年代…2010年代は、もしかしたらピアノとか、そこに少しコンピュータが入るとか人間の楽器が入るとかが多くなって、2020年くらいからまたコンピュータに戻るという、何か大きな周期なのかなという気もちょっとしている。というのも、ゼロ年代というのはほぼすべてコンピュータで埋まっていたわけだから。
 オーケストラを書いたときにも、言われなければやらないよね。依頼が来なければ絶対やらないと思う。だって面倒くさいし、譜面書くのが。僕は自分で弾くやつはほとんど書いてないしさ。一番究極なのは…「open your eyes」という曲は譜面もないんだよね。だから頭と手でおぼえているだけ。それで弾いている。で、一回、サックスとやるときに初めて譜面を書いたというのもあるし、もう本当に二声というかトップとベースだけ書いてあって、その間は自分で埋めたりというのもあるし、あと、コードネームだけ書いてあるというのもあるし、いろいろですね。
 たとえば、この間、「SPEC」というドラマのサントラをやったんだけど、そのときはピアノの曲を最初に作って、弦楽オーケストラのバージョン作るのにさ、頭では全部できているわけ。でも、譜面を書く時間がない。で、どうしようかと思って、この芸大にもちょっと関わっている松本君がフィナーレ(楽譜作成ソフト)を使えるから、家のピアノのところに来てもらって、2日間か3日間拘束してさ、フィナーレ付きのコンピュータをピアノの横に置いて、じゃあ行くねとか言って、1小節目、第1バイオリン、「デ〜ン♪」で4小節とかさ(笑)。で、わかりましたとか言ってパパッと打っている間に、その下もだいたい見えているから、第2バイオリン、第3バイオリン…と言っていって、全部打ち込んでもらって、ちょっと整理が必要なときに、次のセクションを弾いて、声部配分はこれでいいかとかチェックして…2日くらいで終わったけどね(笑)。
 あと、当たり前だけど、音色を作ってとか言うけれど、ノイズだとドレミがないでしょ。だから、メロディがこうあって、コードがここで一瞬ずれて…というときに、何かこう喚起するものが、グッとくるというよりも、もうちょっとミクロな単位でさ…たとえば「プチッ」という音でグッとくるとか、「ザザッ」という音でグッとくるというのもあるけど、それとあまり変わらないと思うんだよね。このメロディとこのコードが組み合わさったときに…30分の曲とか10分の曲を聴いてトータルで泣きましたというよりは、「コーン」と鳴ったその瞬間に喚起されるわけじゃない、人は。だから、もはや受け取り方は音色で喚起されていると思っていて、そういうことでいうと、その音程の組み合わせの部分というのは、ノイズだけでやっていると全部切り捨てるということになる。で、今まで僕はそういうことをやるときにどうしていたかというと、ピアノを使っていたわけだけど、ピアノ意外で自分で何かできるかというと、シンセサイザーということだから、そこはやろうかなと思っています。
 音色1つ、サウンドファイル1つにレイヤーが入っていて、もうその中に構造もあって、それは10秒かもしれないし1分かもしれないけど、そのオーディオをエディットしてというのではなく、生成したらそれが曲になっているというのは、全然可能性があると思う。それは何年もやりたいことなんだけど、これでも曲なんですというパフォーマンスは実験的なパフォーマンスになるじゃない。そうすると、実験的なパフォーマンスに興味を持つ人だけにジャッジされることになるわけじゃない。で、それはそんなに面白くないと思う。それは本当にオートマティックにできるというのは、よくMAXとかで、ドレミみたいな音がサイン波でオートマティックに生成されるような作品音楽があるじゃない。ああいうのではなくて、本当にオーディオレベルで1曲になってしまうというのは可能性のあることだから、もうちょっと広いところでジャッジされたいなと思っていて、あと、人が何を曲と思うかとか何を音楽と思うかということを、自分が身をもってリサーチしないとわからないわけじゃない。僕は現代音楽も好きだし、ノイズも好きだし、クラシックも好きだし、ポップスも好きだけど、最初に言ったみたいに、どこかにどっぷりではないから、これがポップスだよとかっていうのはわからないわけ。で、これが音楽だよというのも、人がどう思うというのはよくわからないから、もうちょっとフィールドワークしつつ、進めたほうがいいなという感じですね。だから、ピアノソロの人だと思われるのもフィールドワークだし、ラップトップでクラブでやるのもフィールドワークだし、そうするといろんな層の人に会うじゃない。で、受け止められ方が違うから、それを今やっている感じかな。

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次回は「3.11以降の音楽」について大いに語っておられるパートをアップしたいと思いますので、お楽しみに!