Thurston Moore『demolished thoughts』

Demolished Thoughts [輸入盤CD] (OLE9532)

Demolished Thoughts [輸入盤CD] (OLE9532)

実のところ私はソニック・ユースのアルバムもベックのアルバムもこれまできちんと聴いた経験がない。そんな私がこのサーストン・ムーアのソロアルバムに興味を持ったのは、リリース前からツイッターのTL上で、しかも普段はあまり接点の薄いクラスタに属する人たちの間で、じわじわと同時多発的に話題となっていたからだ。そして実際にこのアルバムを聴き進めるうちに、その中に潜む音楽的/音響的な奥深さにすっかり魅了されてしまった自分がいることに気づいた。

まずこのアルバムを一聴した際に連想されたことは、90年代半ばごろにおけるカヒミ・カリィのラジオ番組で「最近のお気に入り」として紹介されていたような楽曲たちを彷彿とさせるということであり、それは具体的には“ロケットシップ”や“ハイ・ラマズ”や“ステレオラブ”などにおけるいくつかの楽曲たちを指している。したがってその音楽的側面に着目するとすれば、本作には渋谷系周辺あるいはトラットリア周辺のムーブメントが成熟し、新たな一歩を踏み出そうとする瞬間のあの混沌とした輝きを凝縮したかのような魅力が詰め込まれているようにも感じられる。

しかしその音響的側面に着目するとすれば、その印象はそうした郷愁とはまた大きく異なったものとなる。収録された楽曲においてそのアレンジの中核をなすのは、サーストン自身によるボーカルとアコースティックギター、そしてベースの三つの要素であり、そこにバイオリンやハープのフレーズが適度に複雑な色彩感を加えている。そしてドラムやパーカッションの存在感は極めて希薄であり、うっかりすると「あれ?このアルバムってドラムレスだっけ?」といった錯覚に襲われそうになるほどである。しかしその一方で、この極端に存在感の薄いパーカッションこそが本作の音響的魅力を生み出す要因の一つにもなっている。

先述のように本作のアレンジは、ボーカル、アコースティックギター、ベースの三要素によってほぼ完結している。そしてここで重要なのは、ギターのピッキングノイズやベースのアタックノイズまでもがある意味でパーカッション的に前面に押し出され、それらがすでに複雑なグルーヴを生み出しているという点である。では実際のパーカッションはといえば、それらギターやベースが発するノイズに半ばマスキングされているかのような音像になりつつも、むしろそのことによってこそノイズとの心地よい一体感を形成し、これまでに経験したことのない音響的魅力を提示することに成功している。

私は90年代半ばにおける“ロケットシップ”や“ハイ・ラマズ”や“ステレオラブ”のアルバムを十数年経った今でも愛聴している。そしてこれらのアルバムのように、このサーストン・ムーアのソロアルバムを十数年後も愛聴し続けるだろう。