TKスタディーズ002 - TM NETWORK 『I am』─僕たちは未来から差しのべられた手をつかむことができたか─

I am

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2012年になり本格的に活動を再開させたTM NETWORK。そのニューシングル『I am』が満を持してリリースされた。本作は、2014年の彼らがタイムマシンで時間を遡り、2012年の現在へと新たな曲を届けに来たという些か入り組んだ設定を伴っている。そしておそらくこのSF的な設定は、単にその未来的なイメージを増幅させるための演出としてだけではなく、本作の楽曲構造のレベルにおいても、さらにはフレーズのレベルにおいても深く反映されている。

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まず、この『I am』を一聴して誰もが感じることは、その楽曲構造のレベルにおける変則性だろう。その大まかな流れは以下のように表すことができる。

(C)→C→C'→X→A→C→C'→X→(A)→C→C'→X→C

ここでは(C)、(A)は、メロディC、メロディAをもとにした前奏と間奏を、そしてC'は、メロディCのバリエーションを示している。そしてここで着目すべきは、メロディC'の直後に現れるメロディXである。まず、このメロディXのバッキングは、いわゆるサビとして機能している[C→C']におけるバッキングを「C」から「E♭」へと短3度転調させたものから構成されている。その意味でこのメロディXは、サビである[C→C']を展開させた、いわゆる大サビとしてのメロディDと捉えることが可能である。しかしその一方で、このメロディXは、サビである[C→C']とメロディAとを接続する役割をも担っている。その意味でこのメロディXは、いわゆるブリッジとしてのメロディBとして捉えることも可能になる。そしてこのメロディXが持つ両義性は、「バース(Aメロ)」「ブリッジ(Bメロ)」「コーラス(サビ)」というJ-POP特有の音楽様式を転倒させるとともに、ある種の“騙し絵”的な状況を生み出すとことに成功している。

ここで[C→C']を一つのまとまりとしてのメロディCと捉えたとすれば、[C→X→A]という本作の中核をなす一連の流れからは、“未来から逆行する時間”という暗号を抽出することができる。つまり、メロディC、メロディX、メロディAは、それぞれ「未来」「現在」「過去」に対応しており、このことは、先述のあのSF的な設定─2014年から2012年へのタイムスリップ─と重なり合っている。

一方、この『I am』のフレーズのレベルに着目したとすれば、以下のような特徴を挙げることができる。たとえば、本作においては、メロディAを除いたすべての箇所において、ある二つのフレーズが繰り返し現れる。その一つは「ファ‐ソ‐ラ‐ド(あるいは、♭ラ‐♭シ‐ド‐♭ミ)」という上行する音型を伴ったベースであり、もう一つは「ド‐シ‐ソ‐レ(あるいは、♭ミ‐レ‐♭シ‐ファ)」という下行する音型を伴ったリフである。これらはそれぞれ、“順行する時間”と“逆行する時間”とを暗示しており、それらが互いに交錯する瞬間を求め合っているかのようなイメージを喚起する。そしてこれら二つのフレーズは、主音と属音(「ド‐ソ」あるいは「♭ミ‐♭シ」)からなるピアノのアルペジオによってつなぎとめられている。

このように考えると、本作の極点は、終盤の[X→C]にある。ここでは、メロディXにメロディCが次第に重なり合う瞬間が現れる。これはつまり、「現在」に「未来」がようやく追いついたことを意味している。それはまるで、2014年からやって来た彼らから差しのべられた手をようやくつかむことができた瞬間にも似た、限りなく深い充足感を聴き手に与えることになる。そして本作は、その冒頭から互いを求め合ってきた“順行する時間”と“逆行する時間”とが幸福な出会いを果たし、その瞬間を祝福するかのようなピアノのアルペジオとともに美しく幕を閉じる。

この『I am』という楽曲は、まさに、TM NETWORKの「過去」「現在」「未来」を結ぶタイムマシンであると言えるだろう。
さて、僕たちは未来から差しのべられた手をつかむことができただろうか?

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