UTAUツアー仙台公演/UST配信の贈り物

2005年12月25日。
クリスマスの日に聴いた「戦場のメリークリスマス」。
これは何とも忘れがたい思い出だ。


この日は、妻と二人で坂本龍一のソロピアノコンサートを観に来た。
そして妻のお腹の中には、妊娠4ヶ月を過ぎたころの息子もいた。
微かな胎動が感じられるようになっていた時期だ。


アルバム『/04』『/05』からの楽曲を中心に、過去の名曲たちも織り交ぜられた最高のプログラム。
教授の奏でるピアノの響きはいつものようにこの上なく美しい。
まさに至福の時間が流れていく。


そしてアンコールに差し掛かろうとしたその瞬間。
会場の暖房のせいだろうか。「暑い…」とぐずる子どもの声が後方から聞こえてきた。
父親は「シーッ!」とその子どもに静かにするよう何度も促している。
一瞬、コンサートの流れが途切れてしまいそうになる。
すると教授はその声の方を見やり、おもむろに「Aqua」を弾き始めた。
どこまでも穏やかなピアノの音色。
そこには、すっと暑さが引いていくような不思議な感覚があった。
これはとても印象深い場面だった。


コンサートの帰り道に考えてみた。
おそらく自分も、これから生まれてくる息子と一緒に、教授のコンサートを観に行きたいと思うだろう。
その際、息子がぐずり始めたとして、潔く席を立つことができるだろうか。
いや、その瞬間しか聴くことのできない音を前に、それは難しいかもしれない。
とすれば、息子が小さいうちに、コンサートへと連れて行くのはあきらめた方がよい。
当時はそのように考えていた。


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それから5年後。
あのころお腹の中にいた息子はもう4歳だ。
そして教授は、北米ツアーからUTAUツアーに至るまで、その模様を毎回のようにUSTで中継していた。


UTAUツアーが仙台にやって来ることは知っていた。
教授の生の演奏を聴くことができる久しぶりのチャンスだ。
しかし、子どもたちはまだ小さい。
今回は行くことができないだろうと初めからあきらめていた。


子どもたちと視聴するUST配信は、どれも楽しい経験となった。
北米ツアーでの超高音質の中継に驚きながら、一緒にたこ焼きを食べていたこともあった。
せっかく楽しみにしていたのに、序盤の「hibari」にやられて眠りに落ちてしまったこともあった。
また、UTAUツアーでの教授による一人USTを、回線が途切れはしないかとはらはらしながら見守っていたこともあった。


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2010年12月10日。
UTAUツアー仙台公演の9日前。
天からの啓示があった。
新聞広告からチケットに余裕があることわかった。
年齢制限が特にないらしいということもわかった。
そして息子がこうつぶやいた。
「ぼくも行ってみたい」
これまで何度か教授のUST配信を視聴する中で、息子も次第に興味を持っていたらしい。
急いでコンビニに向かい、二人分のチケットを手に入れた。


たしかに5年前、小さい子どもをコンサートに連れて行くのはあきらめた方がよいと考えた。
しかし今は違う。
もし息子がぐずり始めたとして、躊躇せずに席を立つことができるだろう。
それは一連のUST配信が与えてくれた「勇気」のようなものだ。
かくして私は、息子とともにUTAUツアー仙台公演に参戦することとなった。


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2010年12月19日。
少し早めのお昼寝と軽い食事の後、息子と二人で会場へと向かった。


お互いに期待と不安を抱えつつ座席に着く。
PA席のすぐ後方のあたり。
なかなかよい場所だ。


そして開演。
さすがに真っ暗なホールの中で、息子もきょろきょろと落ち着かない。
しかしここは焦らず慌てず、何かあれば会場から出ればよいと覚悟を決めた。
教授のピアノ。
大貫さんの歌声。
二人の軽妙なMC。
次第に息子が惹き込まれていく様子がわかる。


途中、教授のソロピアノのあたりで、トイレに行きたいと言い出し、一度ホールの外へ出た。
そのときに演奏されていた曲は、あの「Aqua」だ。
「この曲、お腹の中にいたときに聴いたことあるけど、おぼえてる?」
「おぼえてないけど、この曲は好き」


その後、再び座席に戻ってからは、息子も私もいたって自然にコンサートを楽しむことができた。
これまでのUST配信に後押しされ、会場に足を運ぶことができ、本当によい思い出となった。
そしてお互いに大きな満足感を感じつつ会場をあとにした。
これはまさに、UST配信の贈り物だ。


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息子は次の日、コンサートに行ったことを保育園で自慢してきたたらしい。
初めて行ったコンサートが坂本龍一大貫妙子の共演だなんて、わが子ながら本当にうらやましい。


坂本龍一のUST配信がもたらした社会的インパクトは多岐に渡る。
しかし、こんなごく平凡な家庭にもささやかな勇気と大きな感動を与えてくれたということをここに記しておきたい。